心地よい香りのフレグランスキャンドルたち。雑貨店「TOCA by lifart...(トーカバイリファート)」のご主人・西牧さんが「lifart...」名義で手作りしています。
心地よい香りのフレグランスキャンドルたち。
そのノスタルジックな街並みに休日は観光客で賑わい、地元の人にも愛される松本市・縄手通り。この通りの端っこで、小さな雑貨屋がいい香りを放っています。扉を開けると途端に気持ちのいい香りが広がるそのお店は、自らキャンドルを作って販売している西牧隆行さんが営むお店。その店内でそっと存在感を放つのが、フレグランスキャンドル「shinano」です。
西牧さんは、林檎畑が広がる松本市梓川(旧梓川村)出身。小学校の授業では、校庭に生えている林檎の木を5年生が代々お世話して収穫したり、全校生徒で近所の林檎を摘みに行ったり。全国の小学生がヘチマを育てている時に、当たり前に林檎がある風景の中で育ちました。
進学で上京し、一度は東京で暮らした西牧さん。松本に戻ったあと、突然「キャンドルを作ってみよう」と思い立ち、2008年に「Iifart(リファート)」として独立。現在も「なんでキャンドルを作ろうと思ったのか、正直理由なんて今もわからないんです。ふと、本当に突然そう思っちゃった」と話します。キャンドル作りに熱中し、グラデーションの美しいキャンドルのイベントデコレーションなどを稼ぎの軸としながら、フレグランスキャンドルも作り始めました。
そんなある日、東京駅で行われる「信州」をテーマにした企画展で「信州をイメージした香りのキャンドルを作ってみないか」と誘われます。
このとき西牧さんの身体いっぱいに広がったのは、あの林檎の香り。林檎畑が広がる梓川の景色とともに、子供のころの様々な感情が思い出されます。甘酸っぱく、爽やかで、それでいてあたたかな香り。西牧さんが思う伯州の情景を詰め込んだ「shinano」が誕生した瞬間でした。
企画展用としての期間限定で終わるかもしれないと思っていた「shinano」は想像を超えて評判がよく、全国のショップとの取引も一気に広がります。さらに、「景色を香りにする」という、香り作りにおける独自のルールが出来上がったのもこのときでした。
「色々な意味で、『shinanoは一番自分を育ててくれたものなんです。今の『lifart...』を作ってくれている気がします」と笑う西牧さん。「shinano」は、西牧さんにとって今も特別なアイテムです。
定番の香りは「shinano」を含め現在全10種類あり、「chamomile」や「rose & lavender」などのラインナップに加え、たとえば「kodama」は木曽のヒノキをブレンドし、静かで優しい森の景色をイメージして作られています。「humming-bird」という、青々とした森の中で軽快に舞うハチドリをテーマにした香りも。こうして「shinano」のあとも、西牧さんの想像する風景はいくつもキャンドルの香りになってきました。
2012年には、キャンドル作りと並行し「TOCA by lifart...(トーカ バイ リファート)」という雑貨店を松本市の縄手通りに構えます。自身のキャンドルだけではなく、作家ものの器やキャンプ用品、食べ物やアクセサリーなど、「いいと思うもの」をお店に詰め込み、この土地の新しい景色を作り始めたのです。「自分の中に理由を探して、理由が見つかるものは、いいものだと思うんです」。
誰かがいいと言った特産品としての林檎ではなく、心に染みついた風景を香りにした「shinano」のように。訪れる人にとっても、自分だけの理由をもつ「いいもの」がみつかるお店として愛されています。
さて、そんなTOCAの閉店後。雑貨屋スペースの奥にある扉から光が灯ります。併設された工房で、西牧さんがキャンドルを作っているのです。今日も静かに蝋が溶かされ、景色の香りがまたひとつ、瓶の中にそっと流し込まれました。