『美味しいコト』を真ん中に嬉しいコト楽しいコトをシェアできる場所---、そうコンセプトを掲げるお料理教室の物語。
長野県・茅野市。絶景街道としても有名なビーナスラインから伸びる小道をグングン車で登ると、市街を見下ろす丘の上に矢島亜希子さんのご自宅があります。大きなテーブルカウンターのあるキッチンで、矢島さんがやさしく出迎えてくれました。ここでは月に一度、ロコミで人気が広がった料理教室「A’s Kitchen(エーズキッチン)」が開催されています。
「料理教室で提案するレシピは、忙しく帰った時に『あ、あれあるから作ろう』と考えてもらえるものを中心に毎回6〜7種類考案しています」と矢島さん。「材料も味付けもシンプルでおいしいものに仕上げよう、という思いがあります。ほうれん草とポン酢、シーチキンを混ぜるだけ、というレシピも提案しますよ」と話し、自分だったらそういう簡単レシピがうれしいから、と笑います。
矢島さんのレシピが生まれるA’s Kitchenのキッチン。シンプルで美味しい料理が出来上がる場所です。パン屋さんに勤めている旦那さん、高校一年生の娘さんと3人で立つことも多いのだそう。
「実は、お料理教室をしたい、と昔から強く思っていたわけではないんです」と、矢島さん。A’s Kitchenが立ち上がる前夜の話をしてくれました。矢島さんは、食べることが好きな祖父母や母の影響もあり「食」への興味は昔から強く、小学生の頃から自分でケチャップライスを作って食べるような子どもでした。「カニが解禁になったから食べに行こう!とか、家族でやってましたね。そういう家庭で育って、母一人で私も一人だったから、別に言われたわけじゃないんですけど、私はずっとここにいるんだろうなと思って育ちました。実際に今もここにいますし、最初の就職も地元でしました」
「普通に会社勤めをしていたんですけど、ちょっとね、母が体が悪い人で、介護をしている期間が10年ほど続きました。それで、最後の何ヶ月間かは、ずっと私も病院に寝泊まりする時期があったんです」.でも、と矢島さんは続けます。「そんななかでも、現在まで20年ほど通い続けている料理教室があるんですけど、そこにはずっと通っていました。そこに行くことで、リフレッシュができたり、人とのコミュニケーションが生まれていたんですね。性格がちょっと下向きになってしまいそうな時、教室に通うことで救われていたんです」
くったりといい風合いになったリネンエプロンの紐を結び直しながら、矢島さんは続けます。母が亡くなって、これから自分は何をしようかなと思った時に『ああいう空間を作ることをしたい』と思いました。お料理を教えたいというよりも、空間を作りたいという方が先だったんですね。だから、A’s Kitchenでは食べに来るだけでも全然いいんです。ちょっと楽しい気分になって『明日も頑張ろう』っていうものを持って帰ってくれれば、私の教室はオッケー。私がその人の何かを全部背負えるわけではないんですけど、2〜3時間ここに来て、『ああ、おいしいもの食べた、よかった』っていう空間がやりたいと思っているんです。もちろん真剣に教えますけどね(笑)」
この空間に来てよかったと思ってもらうだけでいい。そう語る矢島さんだからこそ、レシピのひとつひとつにはたっぷり想いを込めています。日々を頑張るなかで疲れてしまったとき、「そうだよねえ」と言ってくれるA’s Kitchenは、孤独をちょっぴり捨てることができる場所。
ポッと光を灯してくれるように笑う矢島さんが作る空間では、たしかに月に一度、生徒さんたちの心と身体がエネルギーをもらっているに違いありません。